タグ:留年
2018年10月27日

【閲覧注意】轢き逃げに遭い留年した双子の姉「お前だけ進級しやがって」私「・・・」→姉が不登校になり中退した後、母と姉は・・・

347 :名無しさん@おーぷん 2015/09/16(水) 07:54:55 ID:xdf

双子の姉がひき逃げされてから人生が滅茶苦茶になりました。
私は妹の方。一卵性だからよく知っている人間でもない限り見分けがつかなかった。
高校に入ってすぐ姉が部活帰りにひき逃げされた。普段は自転車通学をしていた姉だが、その日は雨の日で親が車で迎えに来るのを校門から少し離れた場所で待っていた。
幸い発見が早く命は助かったけど、入院生活が続いた姉は留年した。犯人は捕まらなかった。
双子だから当然同じ学年だったけど、私が二年に進級したころ姉は不登校になった。部屋に閉じこもったまま泣きわめいて部屋を荒し八つ当たりするようになった。その時罵倒の対象になるのが決まって二年に進級した私で、自分だけ二年に進級したことが申し訳なかった。
母や兄に妹子も留年してやればよかったと言われたことも私のなかでは修羅場。
結局姉は中退。一日中部屋に閉じこもって過ごしていた。
このころから姉はリストカットを繰り返すようになった。最初は私も心配したが、次第にそれが姉のかわいそうな自分を演出するためのパフォーマンスだと気づいた。
三年になって、私は大学進学を希望していたけれど相変わらず引きこもりの姉が私の進学を快く思うはずもなく、ひき逃げに遭って以来姉を溺愛するようになった母と二人がかりで家庭内イジメが始まった。
食事に洗剤混ぜられたり、腐った物を弁当に詰められたり。私の部屋やクローゼットにわざと生ゴミを置いたりしてくれたおかげで私や衣服には腐ったにおいが染み付いた。
そんな部屋で過ごしているので、自分のにおいがイヤで毎日早朝に家を出ては銭湯に行ってから学校に通うようになったけれど、それでも制服についたにおいがとれなくて学校でもイジメを受けるようになった。
受験を控え、連日課外授業を受けていた私に17時門限を強いて、守れるわけもなく連日門限破りの罰と称して体罰をされた。
ストレスで夏休みに入る前には元は50kg台の体重が35kgになっていた。頭にハゲがいくつもできた。
父は仕事仕事で家におらず、電話をしても「忙しい」の一言で切られる。兄は無関心。救いはどこからもなかった。
何もかも嫌になって、姉が何度目になるかわからないなんちゃってリストカットをした日、私は腐ったにおいが充満する自分の部屋で本気リストカットをした。
普通の女の子の握力では手首を切っても大した出血にならないらしい。実際姉のリストカットは薄皮を切る程度ですぐに後も消える。
ただ、私は姉が事故に遭ってすぐに辞めさせられたが、バレー部だったので握力が男の子並みにあった。バスケットボールを片手でつかんで振り回すくらいのことは簡単にできた。
私は見事に動脈をぶった切ったらしい。発見したのが元医療従事者の祖父母でなければたぶん本懐を遂げただろう。神経をやったらしく、私の右手は今でも動かない。(左利きです)
母方の祖父母は遠方に住んでいて、その日は偶々姉を心配して夫婦で訪ねて来ていた。家の中で孤立していた私は知らなかったが。
もっとも私は168cmあるので、35kgはいつタヒんでもおかしくないレベルだ。今思えばリストカットをしていなくてもそう遠くないうちに倒れていただろう。
祖父母が私を救急車で病院に運んだ。病室で意識が戻った時、もう何もかもがどうでもよかったので私は何一つ反応らしい反応をしなかった。
精神病院に放り込まれた。正直そのころのことは曖昧でよく覚えていない。覚えていることといえば、ああ平和だな~ってぼんやり思ったことと、面会日に祖父母が来てくれたことだ。
頭がはっきりしたのはそれから随分経ってからだ。医師の適切な治療もあって、35kgまで落ち込んだ私の体重が40kg台になった頃だと思う。
祖父母が面会に来てくれた日に当然ばああああっと、姉がひき逃げされた日から手首を切るまでの日々が頭に浮かんだ。泣き叫んで暴れた。
祖父母は私が家でどういう立場にいたのか知っていた。そのときは知らなかったが、私の戸籍は実家からすでに抜かれ祖父母の養子になっていた。祖父母は母と絶縁し、行き場のない私を拾い上げてくれていたのだ。

2018年9月14日

結婚の話をしに元彼の家にご挨拶に行ったのだが…元彼母はどこぞのお嬢様だかと結婚して欲しかったようで『なんでこんな貧乏人を連れてきた』と激怒。そのうちその怒りの矛先は平凡なうちの家族にむけられた。すると空気だった元彼父が…

492 :名無しさん@HOME 2014/01/21(火) 08:14:38 0
昔婚約しかけた元彼家族との話だが投下
結婚の話をするために元彼の実家にご挨拶に行ったのだが元彼の母(以下トメ)は
名門の長女だかでウトは入り婿。なのでトメに意見できる人は誰一人いない様子だった。
トメは元彼にはどこぞのお嬢様だかと結婚してほしかったのにどうして私のような貧乏人を
連れてきたのか、私はこの家にはふさわしくない!と終始狂ったように怒っていた。
その内怒りの矛先は私の家族に向けられた。父は当時次の三月で定年の会社員、母はパート
従業員、姉は運輸会社の営業職、弟は一年浪人した地元の公立大学の四年生だったのだが
「貧乏人が年金や退職金なんて大して貰えないんじゃないの?」「どうせ母親のパート代だけじゃ
暮らせないから我が家にたかってきたんでしょ!」
「トラックの運転手なんて猿以下中卒の溜まり場じゃない!」「名前も聞いたこともないような
三流大学留年じゃ就職も無理よね!」など暴言の嵐、その間元彼は何も言葉を発しない
それだけでなく実家で同居していた父方の祖母に関してもトメ「この人がタヒねば持参金の用意位は
出来るわね」と言ってきやがった。