カテゴリ:涙
2016年3月2日

【いい嫁】先日、長女が 「お父さんのといっしょに洗濯しないで」 と言ってきた。ああ、もうそんな時期か… と思いつつショックだったが、 嫁があっさり「わかった」と頷いたのはもっとショックだった。でも・・・

356: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/12/17(月) 13:07:26.15
うちの嫁はキス魔。 
子供たちにしょちゅう
ちゅっちゅちゅっちゅしては幸せそう。
勿論俺にもしてくる。 

厳しいばっかりだった親を持つ俺は、
ちゅーやハグが当たり前のことすぎて 
むしろちょっとウザそうにしてる子供たちが羨ましかったな。
そんな嫁と結婚して十数年。

先日、長女が
「お父さんのといっしょに洗濯しないで」
と言ってきた。

ああ、もうそんな時期か…
と思いつつショックだったが、
嫁があっさり「わかった」と
うなずいたのはもっとショックだった。

嫁も女だもんな、娘よりになるのもしゃーない…
と枕を濡らした。

嫁、娘のものの洗濯を一切止めてました。
「お母さんの仕事はお父さんのお世話、
あんたたちの世話は”ついで”。
自分のことは自分でできるように躾けたし、できる歳だろう。
洗濯なんてスイッチ押して干せば今まで通り。
お母さんの仕事に文句があるなら自分でやりな」
って(嫁も正社員)。

俺、嫁さんに愛されてるんだなぁ。
ちょっと違うかもしれないけど、
大事にされてんだなぁ。
この嫁で良かった。

2016年3月2日

【父子家庭】まずクラス全体を見て「あれ?」と思った。うちの娘だけ色味が暗い・・・明るい色が服に文具にもサブバッグにも無い。髪もうちの娘だけおかっぱ・・・

644: 名無しさん@HOME 2012/01/18(水) 18:18:59.99 0
娘が一人。 嫁は娘が一歳の時に、事故で嫁の両親と共に他界。
俺の両親も俺が高校時代に他界していた。

生活は何とかなったし、会社内の保育園があって残業も出来た。
一人暮らしが長かったので家事も問題なかった。 なので、うちは大丈夫だと思っていた。
娘の小学校の授業参観に行くまでは。
まずクラス全体を見て「あれ?」と思った。
うちの娘だけ色味が暗い・・・明るい色が服に文具にもサブバッグにも無い。
髪も他の女の子は、可愛く結っていたりリボンやカチューシャをしているのに、うちの娘はおかっぱ。しかも古いおかっぱ。
まずい。やばい。と思った。
恥を覚悟で、保護者会の後でまわりのお母さん達に、子供服や小物について質問した。
うちの子の飾り気のなさを気にしてくれていた人が沢山いて、でも口出ししたら悪いと思って言い出せなかったと言ってくれた。
髪も殆どの子は美容院に行っていた。 俺は自分で切っていた。
カチューシャ・バレッタと言う言葉も、このとき初めて知った。

教えて貰った服屋に娘を連れて行った。
明るい色ばかりの、キラキラした飾りや、ハートや星でいっぱいだった。
好きな服を好きなだけ選んで良いよ、と言ったら娘は飛び上がって喜んだ。
今まで近くのスーパーの二階で買っていた服とは、値段もデザインも全然違った。
微妙な年の娘に、今まで惨めな思いをさせてたんだな、と泣きたくなった。
まわりの「お母さんがいる子」は可愛い服を着て、うちの娘は・・・・・・って。
大きな袋にいっぱい服を買って、そのまま靴屋(これも近くのスーパーの中で買っていた)と
サンリオやキティショップに行った。
車の後部座席もトランクも買った物でいっぱいだった。
家に帰っても娘の興奮は治まらず、買った物を全部身に付けてファッションショーになった。
ちゃんとしているつもりだった、不自由させてないつもりだったけど全然駄目だった。
娘のキラキラした笑顔を見て、反省した。
男親じゃ分からない事ってあるよ。
娘の髪がもう少し伸びたら、美容院に連れて行く。

2016年2月12日

【復讐、あれ?】施設で育った俺は小さいときから親無しだとバカにされてきた。俺は施設にずっと復讐を考えていた。そしてこの前ついにやってやったよ。

688: 本当にあった怖い名無し 2013/10/19(土) 13:27:43 ID:y5qMx/lL0

施設で育った俺は小さいときから親無しだとバカにされてきた。
高校に上がってからは自立し、奨学金借りたし他に借金もしたが何とか大学まで卒業できた。
就職して数年し、借金も返しようやく人並みな生活ができるようになったが、俺はずっと施設を怨んでいた。
施設育ちじゃなければ俺はもっとまともな生活を送れた筈だ。
俺は施設にずっと復讐を考えていた。そしてこの前ついにやってやったよ。



一輪車とサッカーボールを無理矢理押し付けてやったwwww
中古だが児童書を段ボール一杯に送りつけてやったwwww
さらにガキ共と一日中泥まみれになるまで遊んでやったわwwwwww

ついでに「結婚するから式に父として出てくれ」って言って園長泣かしてやったぜ!ざまぁwwww
おい!!ジジイ!!!俺の彼女の手を取って「(俺)君を宜しくお願いします」
とかうっせーこと言ってんだよ!!!セクハラだろwwww
彼女も何で泣きながら「不束な娘ですがよろしくおねがいします」とか言ってんだよ!!!
落ち着けそれはお前が言うことじゃねーだろ馬鹿野郎wwwwww

はい。

2016年2月9日

実の親兄弟にも疎まれてけなされてた血も繋がらない駄嫁の私なんかを心配したり優しくしてくれやがったウトメに、母の日父の日に無断で予告も無く ゆうパックギフト送りつけてやった。ザマミロ!

721: 名無しさん@HOME 2007/06/20(水) 11:31:30

実の親兄弟にも疎まれてけなされてた、血も繋がらない駄嫁の私なんかを
心配したり優しくしてくれやがったウトメに
母の日父の日に無断で予告も無く
ゆうパックギフト送りつけてやった。

トメにはこっ恥ずかしい真っ赤なカーネーション、しかも邪魔くさい鉢植えで
趣味の読書の邪魔になるようにポプリの栞もセットのやつだ。ザマミロ!

ウトにはジジくささ全開の「がんこ親父の」とかナントカ言う蕎麦セット。
爺の老体じゃ食いきれまい!ましてやがんこ親父って位だからさぞ面倒な調理説明が
ついてる事だろう。どうだ思い知ったか!あースッキリした!

2016年1月27日

【涙】俺に内緒で義母と一緒にまともな料理が作れるよう特訓してた嫁。ようやく義母のお墨付き貰えたって事で食べた結果→夫婦揃って号泣wwwwwwwwwwww

301: 名無しさん@おーぷん 2014/06/11(水)22:04:36 ID:???

【朗報】


嫁選手、昨晩普通に食えるレベルの晩飯を作る
なお、俺氏は
その後2ヶ月ぶりに4回もげたもよう

2016年1月17日

飼っていたハムスターに腫瘍が出来て、手術したのを引き取りにいった時だった。病院に入る前はカンカン照りの青空だったんだけど、出てくる時にはどしゃぶりの雨。

349: このスレ見てたら思い出した。 02/05/02 04:35 ID:???
去年の夏。 
飼っていたハムスターに腫瘍が出来て、
手術したのを引き取りにいった時だった。 

病院に入る前はカンカン照りの青空だったんだけど、
出てくる時にはすっごいどしゃぶりの雨。
どう見ても通り雨じゃない。天気予報を呪った。
でも、病院の中で待とうか?とも思ったけど
イパーイでとても居られそうに無い。
でも外に出るにも術後のハムを雨に濡らすなんて冗談じゃない。
しかたないから着ていた男物の
サマーセーターのお腹でハムゲージをくるみ
10m程離れた小さなラーメン屋さんの軒下を借りて
タクシーを待つ事にした。

そこに移動した私はすでにびしょ濡れ。
5分程たったがタクシーは来ず。
すると、出前から帰ってきたと思われるおじちゃんが店の前に来た。

慌てて「すみません、タクシー来るまで
ちょっと居させて貰えないでしょうか?」と言った所
「それは全然かまいませんけど…?」
(お腹の中のハムゲージwを見る)

事情を説明すると、おじちゃんは
店の中に入りなさいと言ってくれてタオルをくれた。
そしてありがたくゲージをタオルで拭いていたら、
いつの間にか外に出ていたおじちゃんが「タクシーきたよ」 

おじちゃんは、タオルを貸してくれただけでなく、
どしゃ降りの中道路に立って
タクシーを止めてくれたのである。
浸水した道路に居たおじちゃんの足元びしょ濡れ。
そして相合傘でタクシーまで送ってくれた。

愛しのハムが病気になって落ち込んでただけに、
その優しさに泣きそうになった。

あの時のおじちゃん、ほんとにありがとう。
ハムは寿命で死んじゃったけど、
あの出来事はいまだに忘れられません。

今度あのお店にラーメン食べに行ってみようかな…。
超文スマソ。思い出してまたチョトホローリ

2016年1月16日

会社から家に電話した。俺「あのさ、俺今朝玄関に忘れ物しなかった?」嫁「んー(見に行く物音)特に何もないけど。」俺「かなり大事なものなんだけど・・・俺の机の上にない?」→嫁、歓喜wwwww

786: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/11/02(日) 23:49:39

先日の話だが、会社から家に電話した。

俺「あのさ、俺今朝玄関に忘れ物しなかった?」
嫁「んー(見に行く物音)特に何もないけど。」
俺「かなり大事なものなんだけど・・・俺の机の上にない?」(※目一杯深刻そうな演技)
嫁「ちょ、ちょっと待って・・・」
俺「あ、携帯電池なくなりそう。みつかったらメールして。じゃ。」
返事を待たずに切った。


数分後、
俺の携帯には
記念日のプレゼントを見つけた
嫁からの歓喜メールが。

2016年1月8日

先日父が定年退職し、豪華な夕ご飯でも作ってあげようと実家に帰った。兄と2人で父の帰りを待っていると、庭に突然スポーツカーが入ってきた。車からは、父がおりてきた。

552: 名無しさん@おーぷん 2014/11/19(水)06:49:50 ID:r8k3eYiIr

見覚えのないスポーツカーが庭に入って来て、運転席から自分の父親がおりてきた。

母は私が中学生の時に事故で亡くなった。それからは父と兄と私の3人で暮らしてきた。
父は元来真面目な人だったが、母が亡くなってからはよりいっそう仕事に打ち込んでいた。
父のおかげで私も兄も無事に大学を卒業して社会人になった。
先日父が定年退職し、豪華な夕ご飯でも作ってあげようと実家に帰った。
兄と2人で父の帰りを待っていると、庭に突然スポーツカーが入ってきた。
お客さんか?と思ったら、兄が「このへんにあんな車乗ってる人いない。」と。(かなりの田舎なので近所の家の車もわかってしまう。。)
車からは、父がおりてきた。
ものすごくびっくりした。
私や兄に一切相談せずに一括で買ってきたらしい。
一言くらい言ってから買ってくれよ~と兄が言うと、父はごめんな、と笑っていた。
驚きはしたものの、老後の趣味にスポーツカーなんてすげーなー、なんて夕ご飯は盛り上がった。(ロードスターという車らしい。私はまったく詳しくないのでよくわからないが、父なりにとてもロマンを感じる車だそうだ)
次の日、助手席に乗りたいと父に言って、2人でドライブした。
海沿いの道を走っていると、父が言った。
「母さんな、欲しいものとかしたいこととかほとんど言わない人だったの。でもな、一度だけ、『スポーツカーの助手席に乗ってみたいなあ』ってぽつりと言ってたんだよ。
結婚する前でお金も全然ない頃な。
もうレンタカーだっていいから乗せてやればよかったなぁ、こんなに遅くなってしまった。」
そして少し泣いていた。
私が、「だーいじょうぶだよ。お母さん見てると思うよ。」と言うと、
「今の言い方母さんにすごく似てるな」と笑われた。

もうすぐお母さんの命日。

2016年1月4日

幾許かの余命を過ごす事になった愛犬と共に過ごすため、会社の主任に長めの有給を申請したら、「たかが犬位で馬鹿な事を言うな」と一蹴されてしまった。すると課長が・・・

193: おさかなくわえた名無しさん 2011/04/23(土) 19:48:23.50 ID:x+7/94+e
もう5年程前になるが、仕事から帰宅すると
飼っている犬の様子がおかしい。
足がガクガクして立っていられない様だった。 
かかりつけの獣医に診せに行くと、
老衰からくる肝不全か何かで、もう長くないと言われた。 

急に寝たきりになってしまい、
幾許かの余命を過ごす事になった愛犬。 
こればかりは処置のしようもないが、預かっておこうか
と獣医に提案されたが、
残り僅かな時間は一緒に過ごしたかった。 

翌日、会社の主任に長めの有給を申請したら、
「たかが犬位で馬鹿な事を言うな」と一蹴されてしまう。
しかし居合わせた課長が
「いいよ、休みなさい」と受理してくれた。
「姿形が違うだけで、彼も君の大事な家族なんだろう?
動物は人間と一緒にいられる時間が短い、悲しい事にね。
せめて最期は、家族水入らずの時間を過ごしなさい」
ただただ有難くて泣きながらお礼言った。
課長は「気にしない、気にしない」と笑顔で言ってくれた。

その後、5日程で犬は旅立ってしまい、会社に復帰。
課長に改めてお礼を言いに行ったら、
「もう大丈夫なの?辛い事があったんだから、
無理しないようにね。月並みだけど、早く元気出して」
「僕もオウムを飼っているんだが、僕の場合はむしろ
こっちがコイツに看取られそうな勢いだよw」
携帯の画像見せてもらったら、
動物園でしか見た事ないような大きくて綺麗なオウムだった。

ペットを家族として扱ってくれた事、
最期を一緒に過ごさせてくれた事、本当に有難かった。

2015年12月25日

食事に行こうとした時に僕宛の電話がなりました。その電話は彼女の交通事故を告げる電話だった。「今意識不明だ」という言葉に体中汗ばんだのを覚えている。

163: ボヘミアン 01/12/04 12:15 ID:Y/butMt8
少し長編になるかもしれませんが
最近気持ちの整理もできたので書いてみます。

今から6年前の話です。
僕がまだ10代で、あまり携帯電話は普及してなくて
ポケベル全盛期の時代のことです。

僕はその頃高校を出て働いていたんですけど
2つ年上の女性と付き合っていました。
お互いの親にも会ったりして
僕は結婚する事を信じて疑いませんでした。

毎朝ポケベルに
「オハヨウ」とか
「ガンバッテネ」
みたいなメッセージのやりとりをしていたのですが、
ある日僕がメッセージを送るのがめんどくさくて
送らない日があって、
彼女からもメッセージは送られてきませんでした。

ちょうどその日は給料日で
僕は今日は彼女にメシでもおごろうと
どこに行こうか考えていました。
仕事が1段落つき、昼休みに入り
食事に行こうとした時に僕宛の電話がなりました。

その電話は彼女の交通事故を告げる電話でした。