カテゴリ:涙
2015年5月23日

祖父母「怒っても1日、泣いても1日、笑っても1日。同じ1日なら笑って過ごす1日が良いよ」こう言ってくれる祖父母に見透かされていたのかもしれない小学校時代・・・

623: おさかなくわえた名無しさん 2013/04/04 01:34:59 ID:WlC+JW3O
小学校6年生になった日から1年間無視をされていた
無視というか存在自体が無いこととされていた

クラスメイトが「遊び」だと主張したので教師も悪ノリしていたのだろう
教科係経由で提出した提出物が無くなったり道具が無くなったり給食がないこともあったが、
通っていた小学校は教科ごとに教師が違うので、提出物は担当教師に直接提出したり、
(担任の教科は職員室で担任がいない時を見計らって他の複数の教師に声を掛けて提出した)
給食は給食室に残飯を取りに行っていた

雪の日に「雪の中に石を入れて投げてはいけません」と教師が言えば、
クラスメイトは「誰もいないから大丈夫だよね」と私に向かって投げてくる
突然「素振りの練習」と言いながら平手打ちをされる
そんな毎日が小学校卒業まで続いた

正直無視されていたことよりも親にバレることが何よりも嫌だったので
家では常に笑顔で、楽しそうな学校生活を送っている振りをしていたのがキツかった
実際は朝起きてから寝るまでずっと謎の腹痛と吐き気と頭痛に襲われていたけど、
「今日も学校楽しみだな」みたいなことを言って笑顔で出掛けて、
帰ったら「今日も学校はこんなに楽しかったよ」と嘘の報告をしていた
演技力の甲斐あって、今でも親は私の小学校生活は楽しいものだと思っている
(実際に当時の写真やビデオは満面の笑みで楽しそうなものばかりだ)
お陰で演技力と妄想力(脳内友人や脳内ストーリー構築)は逞しくなったよw

中学生になったら無視がなかったかのように元クラスメイト達から普通に話しかけられたが
その頃には人間なんてそんなものだと思っていたから特に何とも感じなかったし、
誰にも頼らずに自分のことは自分でやる癖がついた
結果、誰にも頼りたくなかったから小学校から大学まで1日も授業を休まなかった

改めて思い返してみると、修羅場というかある意味強くなった話で申し訳ない

2015年5月16日

【感動】俺は一人っ子だったが、二人の偉大なる『兄たち』に感謝している。俺「ふがいない『弟』でごめんな」→その偉大なる『兄たち』とは?!

714: おさかなくわえた名無しさん 2010/01/19 20:37:59 ID:hNMZqfnP
二人の兄が死んだ事。つってもヨウムとハスキーなんだが、敢えて二人と書いた。ヨウムは母親が子供の頃に、父親(俺にとって祖父)の知人から贈られて以来、 ハスキーは母親が俺を身籠った事が分かった翌日に父親が連れてきた。 俺は小さい頃、一人で勝手に遊び歩いては知らない所まで迷い込んで帰れなくなってた。 知らない所と言っても、今にして思えば一駅に満たない距離だったが、 無我夢中であちこち歩き回り、ふと気付くと全然知らない所にいて、それは心細かった。 そんな時は大体、ハスキーが迎えにきてくれた。 夕方になっても俺の姿が見えないと、ヨウムとハスキーは家で良く騒いでたらしい。 それで父親もはてと思い、ハスキーを連れて出てみると、いつも俺をみつけてくれた。 んで連れられて家に帰ると、玄関で待ってたヨウムが肩に止まって 「オカエリ、オカエリ、ヨカッタネェ~」と連呼する。 俺は間違いなく二人を兄弟だと思ってたし、彼らもまた、俺を弟の様に思っててくれたと思う。 ハスキーは俺の大学合格を見届けるかの様に、それから間もなく、19年の生涯を終えた。 ヨウムは俺が就職して間もなく。その頃は一日の殆どを止まり木の上で過ごしてたけど、 毎朝毎晩の挨拶は欠かさなかった。ある夜、いつものように「おやすみ」って声をかけたら、 その日はいつものように「オヤスミ」でなく「バイバイ、バイバイ」って言うんだ。 「違うでしょ、おやすみ」と言って「オヤスミ」と一言返ってきたが、俺が部屋から出る時は やっぱり「バイバイ」だった。 翌朝、止まり木から降りて、籠の隅っこでうずくまってた。48年の大往生。 不出来な弟で苦労かけたと思うよ。でも一人っ子でも寂しくなかったのは、 頼れる兄が二人もいたからだって俺は今でも思ってる。 何でこれ書いたかって、もう犬も鳥もいない生活が余りに寂しいから、そろそろ 新しい家族を迎えたいなと色々考えてたんだけど、これ書いてて涙とまんねえから まだ暫くは無理そうだ。

2015年5月13日

幼い頃から良くしてもらったおじさんに遭わなくなった→父の死をきっかけに母から聞かされた話は衝撃的な内容だった!

437: おさかなくわえた名無しさん 2010/01/12 01:55:53 ID:AZYc1jtI
俺が幼い頃から知っているおじさんの話。
そのおじさんは俺の父親の友人だという。と言っても数年に1回、会うか会わないか。
なぜそのおじさんが幼い頃から記憶に残っているかというと、
彼は半身麻痺で車イスに乗っていたのでインパクトが強かったのだと思う。

俺が中学2年の時、父親が工場の機械に手を挟まれ左手を失った。
父親が入院中、彼がお見舞いにやってきた。
そして彼が紙袋から取り出したのはオモチャのマジックハンド。
冗談だとしても、子供ながらに「なんて不謹慎な」とムカついたのを覚えている。
しかし父親は「結局右手がふさがるじゃねぇかwww」と、楽しそうに彼と話を続けていた。
俺は呆れて病室から出た。それ以来、彼と会っていない。と言うか会わないようにした。

俺が高校に入学した頃、父親が亡くなった。膵臓癌で発覚から死まではあっという間だった。
通夜の晩にまた彼を目にした。
しかし俺はあの時の事を根に持っていたのか軽く会釈をしただけで話す事はなかった。
彼が車イスから這い降りて父親の棺に抱きつき号泣していたのは驚いたが、
結局葬儀でも彼とは話をしなかった。

今年俺は成人式を迎えた。
高校に入りDQNになった俺は母親と話す事もなくなっていた。
昨日の晩、久しぶりに母親と色々と話をした。そして彼の話をしてくれた。
父親と彼は中学生からの友人という事。
父親の工場の経営が悪化した時、彼が持家や土地を売って助けてくれた事。
彼は結婚をして子供が産まれたが難産の後、奥さんが亡くなってしまった事。
彼は男手一つで子供を育てていたが、勤務中に車の事故で2ヵ月程の昏睡の後、半身麻痺になってしまった事。
その時1歳だった子供というのが俺だった事。

今日、彼に会いに行って来た。
家には俺が赤ちゃんの時から中学卒業するまでの写真が壁にたくさん貼られていた。
俺は上手く話せなかったが、これからまだ時間はたっぷりとある。
父さんと呼べるまで時間はかからないと思うけど。

2015年4月26日

俺が惚れてしまったあの子は実はとんでもないお嬢さんだった!→そんなある日事件に巻き込まれ…

35: 癒されたい名無しさん 2008/03/19 12:16:56 ID:LR5qA3HX
俺が惚れた子の話をします。 俺はもう既に40歳前を迎えた毒男だ。 当然ながら独身で、彼女も5年近く居ない。 そんな俺が去年の5月頃に友人に誘われ、ゴルフを始めた。 ゴルフなんてつまらないだろうと思っていたが、意外と面白かった。 少し興味を持った俺は練習場によく行く様になった。 そこである女の子と知り合った。 凄く美人で品のある子だった。 俺が見る限り、まだ26歳位だと思った。 俺はその子を初めて見た時に、なんて美人な子なんだろうと思った。 と同時に、あの子は若くしてゴルフをしているなんて余程の金持ちか、 何処かのお嬢さんなんだろうと思った。 あの日から、彼女が気になりゴルフ目当てではなく練習場に行く様になった。 彼女にはたまに逢えたが、臆病な俺は何も話掛けられなかった。 その生活が1ヶ月続いた頃だろうか、俺は勇気を振り絞って彼女に声を掛けた。 「こんばんは」と一言。 すると彼女はビックリした様な顔をして、俺に「こんばんは」と言った。 とても可愛らしい笑顔だった。 それから練習場で逢う度に、俺は少しながら声を掛けた。 もう完璧に彼女に惹かれていたんだ。 風が強い雨の日、ナイター練習でも俺は練習場に足を運んだ。 すると、いつもは混んでいる練習場なのに彼女1人しか居なかった。 俺は勇気を出して、彼女に携帯番号とアドレスを聞いた。 すると、彼女は可愛い笑顔で俺に教えてくれた。 俺はたまらなく嬉しくって、毎日彼女にメールをした。 俺が仕事休みの日曜、彼女も暇だと言うので2人でドライブに出掛けた。 俺は恥ずかしいながら、彼女の顔も見れなくて。 それでもただ、彼女と会話できるだけで嬉しかった。 彼女の事を色々聞いた。 今まで付き合った恋人の話や、趣味の話など沢山話してくれた。 だが、家族の話は嫌がってしなかった。 それから何日か経った後、俺は彼女を幸せにしたいと本気で思い、 彼女に告白をした。 彼女は泣きながら、「ありがとう」と言い付き合った。

2015年4月13日

【修羅場】出産間近の嫁に生命の危機が・・・俺『どうしたらいいんだ・・・』→必死になった結果→

76: 名無しさん@HOME 2012/11/05 22:16:58
豚切。

嫁が自宅で破水→直後に破水した量と同じくらいの出血。激痛に耐えながら自分で救急車を呼び、病院に運ばれた。
俺は病院から意識がないと連絡をもらって慌てた。子供は?嫁は大丈夫なのか?死ぬのか?俺は今、病院に行けばいいんだよな?とタクシーの後部座席で吐きそうになるくらい考えた。
病院につくと、すでに手術が始まっていた。そこに到着した両親ズ。俺親は手を合わせてガタガタ震え、嫁母は嫁父に支えられながら真っ赤な目でフラフラと現れたと思ったら、手術室の前で倒れた。嫁母の過呼吸で苦しそうな顔を見て、俺もおかしくなりそうだった。

2015年4月10日

【加害者?】医者「お父さんの手術どうしますか?」私「結構です」→実父の治療すべてを断った結果・・・

138: 可愛い奥様 2009/09/22 12:48:18 ID:g26f0rCA0
色々過去の経緯があって書くのがめんどうだから書かないけど。 父が喉頭がんになって 治療方針を話し合ったとき。 今手術すれば5年生存率は50%以上です。と医師にいわれた。 (医師は当然「手術すんだろ」という前提で話してる) 「生きても面倒見切れない。生きててもらっても困る。 だから手術ない。 早めに死んでもらいたい」と宣言して治療を放棄した。 医者は「そーですか。じゃーさっさと退院しろ」と言い捨ててそのまま出て行った。 半年後に無事死んだけど。 本当の死因は喉頭がんではなく 死の直前に急に発病した胃がんだった。 私が殺したことにならないように 胃がんになってくれたような気がした。

2015年3月5日

留学した大学寮の管理人さんがあったその日に「彼(ガゼル:愛犬)の好物は日本人女性」→その結果

533: おさかなくわえた名無しさん 2013/02/28 01:43:17 ID:VNo2m8n1
ぶった切り&長文失礼します。

十代の頃、留学していた時の修羅場。
大学寮だったんだけど、そこにはイカツイ顔の管理人さんとイカツイ顔の管理人愛犬がいた。
愛犬はガゼルという名のシェパード。
入寮した日に管理人さんから「彼(ガゼル)の好物は日本人女性」とか真面目な顔で言われてビビったけど、まぁそれは管理人さんのジョークで、ガゼルは吠えも噛みもしない良い子でした。
管理人さんとガゼルに挨拶をすることが日課になっていたある冬の日の夕方、大学から帰宅する途中で変質者に襲われました。
いきなりお尻を触られて抱きつかれ、私パニック。
なぜかヘルプミーと叫ぶ!(英語圏ではないです)
恐怖におののいていると、急に身体から重さがなくなった。
見ると、地面にのたうちまわる変質者と、変質者の腕に噛み付く犬。
ガゼルでした。
すぐに管理人さんがやってきて、変質者の身柄拘束。
私はただ呆然としていました。

あとから聞いた話。
管理人さんがガゼルを連れて散歩に行こうとしたところ、ガゼルが耳を急にピンとたて、走り出したそうです。
管理人さんには聞こえなかったけど、ガゼルが私の悲鳴を聞き取ったのだろうと。

管理人さんとは今でも手紙のやり取りをしています。
ガゼルの五回目の命日である今日。
感謝の気持ちでカキコ。