カテゴリ:毒親
2018年8月3日

私『ベルばらのアンドレって英語ではアンドリューなんだよ、知ってる?』母『ごららぁっぁぁ!!!!!』となぜか突然烈火のごとく怒られ、、なんと!!!!!!!

24 :名無しさん@おーぷん 2016/08/14(日) 22:46:43 ID:kkp
昔、高速道路で置き去りにされた。
旅行の帰り道、家まであと一時間くらいのところで運転中の母と喧嘩した。
原因は確か私が「ベルばらのアンドレって英語ではアンドリューなんだよ、知ってる?」
という一言がなぜか母の逆鱗に触れ、突然烈火のごとく怒られ、大喧嘩に発展した。
・「知ってる?」とか偉そうな言い方をするな
・そんなお前がいい大学に行ってもつけあがるだけで絶対にロクな大人にならない
・だから予備校をやめさせてやる
以上が母の言い分で、
・偉そうにしたつもりはない、なんとなく言ってみただけ
・高3の10月だか11月だかで今から受験が始まるのに嫌がらせしないで
・そもそも母がしつこく行けといったくせにそんなくだらない理由で辞めろなんておかしい
以上が私の言い分だった。今でも私はそこまで悪くないと思ってる。
売り言葉に買い言葉で親子喧嘩はヒートアップし、とうとう母は片手ハンドルで私の髪の毛をつかんで振り回し始めた。
この時点でも相当危ないんだが、「やめろキ××イ!こ×す気か!」と叫んだことでとうとう母が運転の合間に両手で私のことを殴り始めた。
もうめちゃくちゃあぶないしタヒぬかと思った。当然だけど運転中だから抵抗もできない。
で、「おろせ!」って思わず言っちゃった。間違いなくこのままだと事故を起こすと思ったから。車フラフラだったし。
私は助手席から後部座席に移動するつもりでおろせ、って言ったんだけど、車から降りた途端に走り去られた。
後部座席のドアにかけていた手がはじかれてものすごく痛かった。

2018年7月25日

父が亡くなり遺産が入るも母と弟は食い潰してた→俺(俺の分はあるし、勝手にしろ)すると弟『結婚するから式と新婚旅行行ってくる』俺(そんな金まだあったんだ)後日俺の通帳見てみると、、、結果トンデモナイ事実が!!

550 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2016/07/27(水) 11:33:54 ID:kXA3a1fS.net
母親と弟の神経が分からんって話
両親は双方バツイチ子持ちで、兄の俺は父方で、弟は母方の子
母親は弟ばかり可愛がり、母親にとって俺は二の次だった
父親が2年前に病気で亡くなってから、いろいろおかしくなった
父が亡くなる前に、相続に関して弁護士通じて結構な額を遺していた
母には家(一軒家)+100万
俺と弟で残りを半分こだった
それから、母と弟は父の残した財産をどんどんどんどん食いつぶすようになった
正直、2人に残されたものだし、いくら使おうとこっちの知った事じゃないと冷めていたが、ついに俺の貯金に手を付けた
弟が結婚するということで、式を挙げて海外に新婚旅行に行った
俺の貯金を勝手に使ってだ
それを知ったのはつい先月で、自分自身の口座と相続分を入れているを分けていたから、すぐに気づけなかった
気付いたら300万ほど無くなってて、問い詰めたら白状した
その際に、母親から結婚できないんだから、結婚する弟に使った方が世のためになるだろうと言われた
俺子供作れないから結婚する気ないよ
その原因を作ったのは母親で、母親が運転する車に乗っていて母親の信号無視で事故を起こして、その時に玉2つ潰れたからだよ
もう信じられないくらい切れた
家財やら何やらなぎ倒し、その場で所用で弟嫁実家に行っていた弟の嫁に、お前らが挙げた結婚式と新婚旅行へ行く金は盗んだ俺の金だってこと知っていますか?って連絡した
弟嫁さんびっくりしてたよ
以前から結婚資金は「弟一人で必タヒに貯めたお金」と聞かされていたとか
弟嫁さんは常識人だったようで、弟嫁両親と一緒に飛んできて謝られたよ

分ける

2018年7月24日

母『この間食べたんだけど、ルタオってすごく美味しいのよ!』私『お取り寄せしたの?』母『あのねぇw』このクソババア!!!!

829 :名無しさん@おーぷん 2014/12/19(金) 09:03:57 ID:ZdX
自分の母親が他所にも迷惑かけるクソババアだった話

昔から毒親気味なのは知ってたので大学で上京してから距離はおいてたんだけど、
例:親戚一堂の前で自分age娘sage娘笑い者にする、悪気はないのよ(←本当に悪気ない、自分の何が悪いかすら理解してない、家族に注意されても「なんで皆怒ってるの?」)
外ヅラだけは本当いいからうんざりしてた

最近実家の犬猫に会いに帰省したとき世間話してたら母親がケーキのCM見て思い出したように
「この間食べたんだけど、ルタオってすごく美味しいのよ!」と話しはじめた
「お取り寄せしたの?」と返すと「手違いでうけとっちゃったの」と言うので「はぁ?」と詳しく聞いてみたら…

・母親は同僚のAさんからお菓子を受け取る約束をしてた
・Aさんから「給湯室の冷蔵庫に入ってるから帰りに持って行って」と伝えられる
・冷蔵庫にはクッキーとルタオのケーキが入っており、母親、宛名が無く迷った末ルタオのケーキを持ち帰る
・Aさんが用意してたのはクッキーでルタオは同僚Bさんの私物
・母親、帰宅後すぐにルタオ食べはじめたところBさんから母親にtel
「○○(母親)さん、私の間違えて持って帰ってない??」「あらやだ今食べちゃったわ、一口だけだから返そうか?」「……結構です……」


聞いた瞬間あちゃー…と思った

2018年7月20日

嫁親と同居することになり義父が夫婦や娘の事に口を出すようになった→娘の誕生日にケーキを買って帰ると『おじいちゃんからもっとおいしいケーキ貰ったよ、 パパは私より仕事が大事なんだよね 。こんなケーキいらない』とゴミ箱へ、、、

271 :名無しさん@HOME 2014/02/16(日) 00:19:53 0
22で結婚してすぐに娘ができた
27になった時に義母の調子が悪くなり、同居することになった
仕事も順調に娘も優しい子に育ってくれた
だんだん義父が夫婦や娘の事に口を出すようになったので
その頃から義父と言い争う様になって険悪になった時に
ある日娘の誕生日について大喧嘩になった
娘の誕生日は平日だったので、俺が早めに帰って一緒にやることにしていたのに
義父は、昼下がりから俺以外で外食してお祝いして、大きなケーキを食べていた
何も知らない俺は、誕生日ケーキを買って帰ったが
娘から「おじいちゃんからもっとおいしいケーキ貰ったよ、
    みんな祝ってくれたのになぜパパは私より仕事が大事なんだよね
    こんなケーキ要らない、こんなパパはいらない」
朝起きたら、包装されたままのケーキとプレゼントがごみ箱に捨てられていた
出勤途中も涙が止まらなかった
義父に何度も夫婦のやり方に干渉してほしくない、それができないなら別居すると話していた
次の日、義父から妻が署名した離婚届を押し付けられて、「やっと娘の目が覚めた、お前は早く出ていけ」
妻に話をすると父は言いだすと言う事を聞かないから無視しとけばいいと
俺の気持ちに無頓着過ぎて醒めて行ったし、娘は俺の事を役に立たない、いなくてもいいと言い出すし
悲しすぎて仕事に自分の存在意義を求めるようになった
新子会社の役員に抜擢する話があって、受けると出世するが転勤が必至で
今のままでは転勤するわけもいかずと悩んでいた
俺の誕生日の朝、妻が料理作って待っているから、
早く帰ってきてと言われて帰ってみると、家は真っ暗で
わざとその日に2ヶ月後の義父の退職祝いを俺抜きでやっていたらしい
妻に文句言うと、父もあと20年くらいしか生きないのだから、それまで我慢しろってさ
娘の成長も祝えない、自分の事も祝ってくれないのに悲しくなった
毎朝、俺の食事だけが俺の書斎に用意されて、晩飯も書斎に置かれていた

2018年6月3日

スーパーからでると高学年の男の子『あのう~すいません!』私『どうしたの?、、きゃっっ!!?』後ろから買い物袋をひったくられた!なんとその子の・・・結果→

55 :名無しの心子知らず 2008/11/24(月) 17:39:02 ID:qpopu+Kv
プチ話だけど

昨日スーパーに行って買い物を終えたら
外に出たらいきなり小学生高学年?位の子供に声をかけられて
立ち止まった隙に私の後ろから出てきたママにいきなり買い物袋をひったくられた
その後ママと子供は猛ダッシュで駆け抜けていって

私は一瞬何が起こったのか分からずすぐに追いかけたけど、
もともと走るの遅いから追いつけず、このままじゃ泥ママと子供が車に入って逃げてしまう・・・
と思った時、私が出てくるときスーパーの前で喋っていた高校生~大学生?位の男の子2人組がその泥ママに追いついてくれた!
そのまま一人が泥ママを押さえつけ子供にこんな事したらあかんときつく言って、もう一人が携帯で素早く通報してくれた。

全然知らない泥ママはそのまま連れて行かれた。
泥ママと子供は結構上品な格好をしてそんなことしそうには見えなくて
逆に男の子2人は格好がちょっとDQNな感じで、人は見た目によらないなと最初スーパーから出るとき敬遠してた自分を少し恥ずかしくなった。

2018年4月14日

美形の優秀一家で癌だった私は家族にシカトされ存在がなかったことに→高校卒業して生活を謳歌してた私はSNSに書き込みをしてた→そこにトンデモナイ落とし穴がまっていた

284 :名無しさん@おーぷん 2018/03/10(土) 19:08:46 ID:DvD

SNSに近況書いていたらそれを見た両親と姉に杀殳されかけた。

キチ&毒。昔のことなので、今はSNSはやっていない。
ネタっぽいけど実話。多少のフェイクは入れています。

両親、姉、私、弟の五人家族だったけど私は「美形揃いで優秀な一家」の癌だった。気が付いたときには存在をシカトされるようになった。
具体的には家族旅行に私は含まれていなかったり、「ブス、デブ、バカが移るから一緒にご飯を食うな」と中学に入る頃には部屋でぼっち飯を命じられたりした。
おかずも適当に自分で買った納豆とかふりかけで食べていた。
自分で作って食べようにもキッチンは母の城だったから、勝手に材料を消費すると「一丁前に食べるのね。出来損ないのくせに」と心底冷たい目で暴言を吐かれるので作れなかった。

そんな家だったから高校卒業後は没交渉。存在すら忘れていた。
私と家族の溝を気にかけていた祖父母が間に入って連絡先だけは控えるように言ってくれたけど、かけたこともかかって来たこともない。
どっちも都内に住んでいるから会おうと思えば会える距離だけど、会う必要がなかった。

私はといえば、高校を出た後に学費を捻出するために二年ほど今でいう地方の期間工のようなところで働き、二年遅れで進学した大学を出た後は普通に社会人やって、それなりに独身生活を謳歌している。

その頃SNSに、日常のちょっとした嬉しかったこととか、趣味のツーリング中に撮った写真や、友人たちと飲んだりランチしたりした時の写真をupしていた。お猫様二匹にお仕えしている光景とか。

没交渉が十年以上続いたある日のこと、突然母から連絡が入った。
上に書いたようなほかほか家族なので、正直反応に困った。とりあえず出てみたら金策だった。
事情も言わずに3億都合しろと言ってきた。そんな大金あるわけないし、理由を聞いても答えず、話しにならないからこちらから通話を切った。

その数日後に夜道を歩いていたら車に轢かれそうになった。
幸い狭い路地に飛び込んで足を擦りむいた程度で済んだし、その時は荒っぽい運転をする人もいるんだなと思ったくらいなんだけど、それから妙にアクシデントが増えた。
階段から突き飛ばされそうになったり、ツーリング中にやけに煽られて転倒しそうになったり、背後に誰かいるような気がして振り向いたら誰もいなかったりと気持ち悪い日が続いた。

警察に相談したら、心当たりがないか聞かれたけどその時点では思い浮かばず、結局不審者がいるからと夜間の見回りを強化すると言ってくれた。
外出の際は用心してできるだけ人通りの多い場所を通るようにした。
一度断ってからも金策命令は何度か来た。通話に出たのは一度きりだけど、留守電に毎度「育ててやった恩を返せ」と入っていた。

部屋に侵入しようとした痕跡があったことから警察に再度相談し、物件側の立ち合いで防犯カメラをチェックしたら、玄関の鍵を壊そうとしている見知らぬ男が映っていたためこの男を割り出すことになった。
この時点では私には見知らぬ男でしかなかったが、後日これが弟だとわかった。

2018年3月18日

中三の時帰宅すると母が鬼の形相で『携帯代!こんなに何に使ったの!!』と明細を突き出しフルボッコ!!!顔面血だらけでお隣さんに助けを求めた『助けて!!』

665 :名無しさん@HOME 2008/12/03(水) 10:44:42 0
私が中学3年のときのお話。

もともと私は母親と小さい頃からあまり仲が良くなく、
反抗期もあいまってこの頃はよく衝突していた。
学校から帰ると母親が鬼の形相で携帯電話の料金明細を見せてきた。
こんなに使っていったい何をしてるんだと怒鳴られ、それはそれはボコボコにされた。
最終的に包丁を持ち出され、私は必タヒにお隣さんの家に逃げ込んだ。
耳からダラダラ血を流していて目元は腫れて真っ赤になってフラフラしている私を見て
お隣さんはタクシーですぐ病院に連れて行ってくれた。
脳震盪おこしていて、殴られて眼球が切れて白目が真っ赤に染まっていて
口元も耳あたりも切れていて血だらけでそれはひどい顔だった。
病院で手当てしてもらったものの第三者からの傷害によるものだと保険が適用されないので
3万近くかかってお年玉から私が全額払った。
ちなみに切れた左目は右目と比べていまも視力が悪い。

そして私が使った携帯の使用料は7000円だった。
たった7000円で杀殳されそうになった私って一体・・・と思い
この事件をきっかけに中学卒業と同時に家を出た。

小さい頃からうちは貧乏だからと言われて育てられて
高校卒業後は進学するお金がなく働いているし、
成人式も着物もドレスもレンタルするお金が無いからと写真一枚すら撮ってない。

そして最近知った事実が我が家は年収1400万近くある家庭だったということ。
借金もないし住まいは家賃2万の社宅なのに一体どこにお金が消えているのだろう。


家を出て6年、あれから母親には一度も会ってません。
でもこれから冠婚葬祭などでかかわらなきゃいけないことがあるかと思うとgkbr

2018年2月11日

塾にAという小6の女の子が入ってきた。中一レベルの勉強に必死についてきて入ったばかりなのにテストで平均点をとるとA母『こんなのじゃ東大いけない!塾に入る意味がない!恥さらしよ!!』とAを罵倒し始めた

238 :名無しさん@おーぷん 2018/01/25(木) 14:46:15 ID:Lx7
かなり昔のことだけど。
塾で働いていて、ものすごいモンペというか、毒親だなぁというお母さんがいた。
小6女子のAは、A母に連れられて入会。
ちょうど2週間後に定期テストがあり、その塾は学校の勉強よりもはるかにすすんでいたため、定期テスト後の入会にするかとすすめたが、大丈夫とのことでその時期の入会。
3クラスあったんだけど、一番進度がゆっくりのクラスに入った。
一番ゆっくりとは言っても、中一内容。
文字式や、英語など小学校では馴染みのないものだった。
そんな感じだから、Aの実力とは関係なく、2週間後のテストはできなくて当たり前だから、気にしないこと、受けないなら受けなくていいと伝えたが、Aは猛勉強して、平均くらいの点数をとった。
先生たちはびっくりし、Aをものすごく褒めたが、A母は大激怒。
平均点しかとれないなんて、こんなんじゃ東大にいけない、塾に入れる意味ないんだから辞めろとAを罵倒。
よくある教え方が悪いとか、塾への批判は一切なく、Aをひたすら罵倒。
こちらも一度も中一内容を習ったことのないAと、小5から二年勉強している他の子たちが同じテストを受けて平均をとるのはAの頑張りの証拠と言ったけど、A家の恥と罵倒を繰り返した。
なんでも、A父、A祖父が東大で、A祖母からプレッシャーをかけられているみたいだった。
が、A母本人はAは女の子なんだから、家事ができればいいという考えのようで、最低限の家事もしないのに勉強なんて間違ってると言っていた。
それからも、週2で、3時間ずつの授業なんだけど、1時間の授業中に3回は電話をかけてくる。
東大に受かりますか?と、でも勉強よりも先に家事ができるようにならないと…とその2つばかり。
A本人はとてもいい子で礼儀正しい頑張りやだったんだけど、私たちがAに質問しても答えるのはA母。
例えば、どの教科が一番好きなの?学校では今何の単元やってる?と聞いても、A母が間髪入れずに算数よね、今はなんとかよね、と答える。
A母がいないときに、

2018年2月10日

実母は私を敵視していた。私が楽しむ事をとにかく嫌い全てを奪った→恐怖で怯えてた私。ある日母の実家に行く事になり結果→トンデモナイ展開に

908 :名無しさん@おーぷん 2018/01/23(火) 21:56:33 ID:???
実母は娘を敵視するタイプで、長い事恐怖で私を支配してきた
母は、私が楽しむのが大嫌いだったみたい。食べることも服を選ぶことも、自由に時間を過ごすことも。
私は母が怖くて逆らえなかったんだけど、絶縁していた母方の祖母が亡くなったというので、遺産関係の
話をするため母の実家に帰ったとき状況が変わった
母には兄(伯父)がいるんだけど、伯父は祖母に溺愛されて育ったみたい。代わりに母は虐げられて育った。
つまり母が私にした仕打ちは、丸ごと母が祖母に受けた仕打ちだった
伯父はお酒に酔っていたのか、母が受けた虐待内容をベラベラと得意げに喋ってくれた。母は沈黙、というか顔面蒼白。
それを見た時、不思議と「なんだこのオバサン」と思った。あれ、全然怖くないじゃんって
家に帰った途端母はまたふんぞり返ったけど、母に「お母さんって、おばあちゃんにやり返せなかったんだね」
「怖かった?仕返し出来なかったから私を虐めるんだね」「お母さんの顔、遺影に写ってたおばあちゃんソックリ」
そう言ったら母の顔がどす黒くなり、泡を吹いて倒れた

今はもう家を出ている。母の境遇は世間から見たら同情されるものだろうけど、それって私には関係ない
母はもう永遠に祖母にやり返せないから、タヒぬまで苛々することになるんだろうな。それも私には関係ないけどね

2018年2月10日

コトメ12歳が嫌がるのに夫は『いいから来なさい!w』と散々連れ回し、夫『いいから食べなさい!w』とドンドン食べさせ→夫『もう帰らせないからな!w』と我が家に収監した!!結果コトメは→

324 :名無しさん@HOME 2009/05/22(金) 01:01:02 0
12歳のコトメが行きたくないと言ってるのに、夫と無理やりネズミの国へ連行した
散々歩かせまくって体力を消耗させた上にコース料理をガンガン食べさせたへっへっへ
仕上げに我が家へ収監だゴルァ!


そんなコトメももう23歳
糞トメの虐待の痕も、もうすっかり薄くなったね
ガリガリだった体も今では健康と若さでピチピチ。うらやましいぞゴルァ!
花嫁姿のコトメのスピーチで、夫と一緒に泣きました