カテゴリ:いい話
2018年6月22日

住みついた子猫の抜け毛が激しい医者『皮膚病ではないですね』いっぱい可愛がってるのになんで?→ふと、おもったまさか『ストレス』なのか。そこで私は・・・・

135 :名無しさん@おーぷん 2018/01/04(木) 17:33:59 ID:GYe
仔猫が(多分)心の傷から抜毛症になり、治りつつある話を書く。

最近、うちに勝手に住み着いた猫…というより最早飼っている仔猫が
やたら自分の毛をばっさばっさと抜くようになって、あちこち物凄くハゲた。
最初は病院に連れていったけど、皮膚病では無いとの事。でも仔猫は抜く事をやめなかった。

心配で猫が毛を抜く事について調べるうちに、どうも「ストレス」しか考えられない。
うちの家族は皆猫好きで、この子を精一杯可愛がっているつもりなのにどうして…?と悩んでいた。

色々考えるうちに、もしかしたら寂しいのかなあ?と思った。
この子は元々、近所をうろつく本物の野良猫だった。人間を信用せず、私達を見たら常に逃げる。
そしていつも兄弟や母猫と一緒に人間を警戒していた。

ある日、兄弟と母親を全く見なくなった。
最近見ないね、可哀想だけどシンでしまったんだろうか?…と話していた数日後に、
この毛を抜く仔猫を見つけた。我が家のホットカーペットで寝ている所を。
『居たーー!生きてたーー!でも家に勝手に入るなよ』と無事を喜びつつ困惑する私達。
で、結局寒いしこんな子供を叩き出すのはあんまりだと、刺激しないよう猫缶だけ置いて放置していたら
3日後完全に心開いてもう家から出ないようになった。以降成り行きで飼っている。

…この経緯を思い出して、お母さんも兄弟もいきなり居なくなったトラウマがあるんじゃないか?と思った。
対策として、まず兄が母親と同じ模様の大人猫人形をネットで取り寄せ、仔猫に与えた。
そして私が安心出来る様に狭い猫の家を買ってきて、母猫人形を入れた。

そしたら仔猫は母猫人形を抱いて、猫小屋に入るようになった。これで昼間は大丈夫。
夜は父と母が毎晩交代で仔猫を抱いて寝るようになった。ゴロゴロ言いながら眠るそうだ。

結果、毛を抜く事は無くなり沢山のハゲも治りつつある。これでもう寂しくないね、と安心する私達だった。

でも、幼子の心の傷は本当に大きな影響を与えるんだと衝撃も覚える。
時々本気で、猫も人間と変わりない心を持っていると思っている。

2018年6月18日

2歳くらいの頃の私公園で派手に転んでしまった→私(痛い、、)涙目で転んでるとベンチに座ってたオバちゃんが目の前にやってきて私(抱っこしてくれる!)と思ったのに気合の入った声で一言!!!!

192 :名無しさん@おーぷん 2018/01/19(金) 11:21:21 ID:6Ss
私が2歳くらいの時の話。
公園で走り回っていて、何かに躓いて転んだ。
けっこうな勢いで転んだのでそりゃもう痛かった。
そういう時、子供って泣く直前に数秒タメるじゃん?
私もそうだったんだけど、その数秒の間に
目の前のベンチに座っていた優しそうなおばちゃんが立ち上がって、転がってる私の前にしゃがんだのよ。
あ、助け起こしてくれるのかな、痛いの痛いのとんでけってしてくれるのかな、って子供心に思ったんだけど
次の瞬間、おばちゃんは両手をグーにして私の目をまっすぐ見て
修造ばりの力強い声で「頑張れッ!!」て言ったのよ。

それがあまりにも衝撃的だったもんだから涙が引っ込んじゃって
そうするといつまでも地面に転がってるわけにもいかないから
おずおず自力で立ち上がったら、おばちゃんは
自分で立てたね~えらいね~って褒めてくれた。
それまでは私が転ぶと親や通りすがりの人が「大丈夫!?痛くなかった!?」って助け起こしてくれるのが普通だったんだけど
そうか、自分で立ち上がればいいんじゃん!って目から鱗が落ちた。

一部始終を見ていた母(少し離れた所で私が遊んでるのを見守ってて、
転んだのを見て駆け寄ってくる途中だった)も何か思うところがあったらしく
それからは私が転んでもすぐに手を貸さずに
私が起き上がるのを待ってからヨシヨシしてくれるようになった。
後になって聞いてみたら
「それまで過保護なつもりはなかったけど、何もできなかった赤ん坊の頃から育ててるからその延長でいつも手を出してた。初めての子供で勝手もわからなかったし。
でもあの一件で、もう赤ん坊じゃないんだ、もっと手を離していいんだ!って気付かされた」
と言ってた。
母子ともども、ちょっと成長できた体験でした。

2018年6月18日

小学生の頃は祖母宅で過ごしてた→大学生になり久々に祖母宅を訪ねたら月極め駐車場に俺(変わっちまったな、、)ボーとしてたらおばさん『何かしら?』→結果

19 :名無しさん@お腹いっぱい。 2013/07/05(金) 22:45:47
今日は特別な日なので長くなるけど書いてみます

小学生だったころ夏休みや冬休みになると母方の田舎に帰省していた
母はすぐに家に戻り俺だけ祖母に預けられる
長い時は2週間程は預けられていた

見知らぬ土地で友達がいない、ぼっちだった俺は近所の『お宮』に行き、独りで遊ぶのが日課だった
お宮と言ってもそんな大層な神社ではない、何十段もある石段の頂上に古ぼけたお社がポツンとあるだけだった

いつの頃か正確には覚えていないが、お宮で地元の女の子と遊ぶようになった
それが今の嫁である

自然に毎年のように交流を繰り返していたが、俺が小5のときに祖母と同居することになり、嫁との交流は一旦なくなる

だが祖父の墓があったので、田舎へは墓参りの度に訪れていた

2018年6月16日

【感動】姪っ子と出かけてると『お茶が欲しい』と言うので自動販売機で買ってあげた→姪『コレどうぞ』と姪は公園にいたホームレスにさしだした。ホームレス『いいのかい?こんなゴミに、、、』姪『おじちゃんはゴミなんかじゃないよ?』ホームレスは泣きながらお礼をいい姿を消した→その後・・・

111 :なごみ 2011/08/07(日) 17:04:59 ID:mEG6ZopwO
少し前の書き込みだけど、まだ貼られていないようなので。
子供注意



212:おさかなくわえた名無しさんsage2011/06/11(土) 18:57:34.44 ID:QPCiOJxr
十数年前姉が病タヒ、姪っ子は私達の母親の養子になった。
そんな姪っ子は当時幼稚園児。
両親は自営業だった為、事実上私が母親代わりになり、
仕事を辞め姪っ子のケアに専念。
そんなある日、姪っ子の誕生日プレゼントを買いに出掛けた。
しかしふと足を止め、お茶が欲しいと言い出した。
夏でとても暑い日だったので、喉乾いたのかな?と
思い、自販機でお茶を買い姪っ子に渡すと走り出してしまった。
慌てて追いかけると、姪っ子はある人の前に行き、
『どうぞ』とお茶を差し出してた。
最近この辺に居るようになった、40代と思われるホームレス。
元々ホームレス自体少ない地域だったので、姪っ子は気になってたようで
いつも座ってるホームレスが喉乾いてると思ったらしい。
ホームレスは戸惑い『貰っていいのかい?』と私の方に問い掛けてきた。
姪っ子はホームレスにあげたいからお茶を欲しがったので、
『良ければ貰ってください』と答えるとホームレスは泣いてしまった。
『こんなゴミに優しくしてくれるなんて…』泣きながらお茶を受け取ってくれた。

2018年6月11日

16歳の飼い猫がもうダメって時仕事以外は猫につきっきりで彼氏とも会う時間もなかった→猫は亡くなってしまい彼氏は猫に会った事なかったのに・・・・・

959 :恋人は名無しさん 2017/05/05(金) 23:29:54 ID:1PAS3Iwm0.net
去年、16歳の飼い猫がもうダメかもって時に数ヶ月間仕事以外は猫につきっきりで彼氏と会う時間を作れなかった
その猫は亡くなってしまったけど、彼氏は飼い猫に会ったことすら無かったのに亡骸を撫でてくれて仕事の合間を縫って火葬もお骨拾いも一緒にやってくれた
悲しさから抜け出せない私にしばらくは俺の家で暮らそうと言ってくれて、猫のお骨も一緒に置いてくれた
ここまでしてくれるなんて思ってなくて正直びっくりしてる
動物好きな人に悪い人はいないって本当なんだなと思えた
今もまだ寂しくてお骨は部屋に置いてあるから落ち着いたら彼と2人で納骨しに行こうと思う

2018年6月4日

クラスのA君が模試の最中に倒れた!B『てんかんの発作だ!こいつ小学生の時にも同じことがあったんだよ!』とBの指示で救急車を呼ぶ→先生『Aの意識が戻ったみたいだ』と連絡ありBはたちまちヒーローに→翌日A君がクラスにやってくると衝撃的なことが!!!!!

771 :名無しさん@おーぷん 2017/09/09(土) 02:15:43 ID:iGM
携帯電話のなかった、大昔の高校生の話。

高校生のとき、模試の最中に
同じクラスのA君が突然震えだしたかと思うと、泡ふいて倒れた。
監督の先生もびっくりしていると、近くの席にいた
A君と同じ小学校だったというB君が「てんかんの発作だ」
と立ち上がり、てきぱきと周囲の机をどかしてAを横にすると
持っていたハンカチを噛ませて
「こいつ小学校の時にも同じことがあったんだよ。A!A!わかるか!」
と声をかけるがA君は反応しなくて、
「先生、救急車呼んできて!」
と、先生を走らせた。
すぐに救急車が来てA君は運ばれていったので、皆模試を続けた。
模試が全部終わった後、担任からA君は意識が回復したと伝えられ
B君はヒーローのように皆に凄い凄いと言われてたけど
照れくさいのか、さっさと帰ってしまった。

衝撃だったのは翌日。
A君は遅刻して2限目の途中で「おはようございます!」と元気よく教室に入ってきた。
頭にラグビー部の部室からかっぱらってきたヘッドギアつけてた。※A君はテニス部
笑っていいのかどうすればいいのかわからなかったんだけど
A君は授業もそっちのけで「B、ごめんな。ありがとう!」とB君に握手を求めた。
「皆も心配させてごめんなー!模試の邪魔してホントにゴメン!!」
とクラスの一人一人に謝ろうとしてきた。先生に怒られてやめたけど。
ラグビー部のC君にも「パクるな!」と怒られていた。

それまでA君は、共学の男子高校生にありがちな、男だけで固まって
女子とは口もきかないような硬派な感じだったので、突然のキャラ変更に
皆戸惑ってしまった。やがて馴染んで、クラスのムードメーカーになったけど。
それからA君は発作も起こすことはなく、無事に高校を卒業していった。

この前同窓会があって、B君が来ていた。
A君のことがあったからかどうかはわからないけど、B君は看護師をしているらしい。
A君は来ていないのかと思ったらホテル(同窓会の会場)の黒服に肩叩かれて、
よく見るとA君だった。A君の特権でかなり安く借りられたそうだ。(ただし本人は出勤)
A君は今も車の通勤は危ないからって、ホテルから歩いて通える場所に住んでいる。
当然あの模試の話になって盛り上がったけど、その後のキャラ変については
「まわりの男子に合わせて硬派を気取っていたけど本当は明るいキャラになりたかった。
皆に心配させたし腫れ物扱いされるのも嫌だから、ふっきれることにした。
Bには感謝しかない」
と言っていた。

でも救急車で運ばれた翌日、ヘッドギアつけて教室に入ってきたA君を見たとき
「昨日の発作で頭がおかしくなったのか…
でも本人はそれに気づいていないのかもしれないから、合わせておこう」
って、各自の判断でA君を腫れ物扱いしていたことは、ついに言い出せなかった。
それまでのA君は顔もいかつくて一部女子には怖がられていたから。

おわり。

2018年5月28日

祖母が寝たきりになり私を部屋に呼んでは『これ捨ててきて』『学校は楽しかったかい?』と呼ばれるのが苦痛だった→いつしか祖母を嫌うようになり祖母が亡くなった時に私の中で何かがおこった→結末

495 :名無しさん@おーぷん 2017/11/10(金) 11:11:04 ID:E6R
人によっては胸糞かもしれないですが。

父方の祖母を亡くしたときに、なにか自分の中で激変した話。
昔はおばあちゃん子だったのだけれど、祖母が脳梗塞で寝たきりになったり、そのタイミングが運悪く私の思春期と重なったりしたために、いつしか嫌いになっていた。
祖母の部屋があったのだが、部屋には簡易トイレがあって臭かったし、時たま部屋に呼ばれたので行けば「鼻をかんだティッシュを捨ててきてくれ」とか「学校は楽しかった?」とか。ティッシュだって汚いって思ってたし、部屋は臭いから長居したくないし。
そんなこんなで、いつしか私は祖母の部屋から聞こえる私を呼ぶ声を無視するようになっていった。
私が「ただいま」と言って帰ってくると、聞こえる呼ぶ声が嫌で、急いで自分の部屋に駆け込む。
さらには「ただいま」すら言わずに、気配を消して帰ってくるようになった。

高校生になると祖母は施設に入り、身の回りの世話をしてもらっているおかげで、身なりも少し綺麗になったし、体に染み付いていたおしっこの匂いもなくなった。
だから、少しだけ「汚い」って思う気持ちが減った。

父が「おばあちゃんに会いに行こう」と言って、週に一回休みになると施設に通った。
お昼の時間になると、私は必ずご飯を食べさせた。
ニコニコしながら「ありがとう、良い子だね」と褒めてくれる祖母に対しては嫌いとも好きとも思わなくて、ただ中学生のときの罪滅ぼしだと思ってお世話していた。

そうして、私が大学生になってすぐにそんな祖母が亡くなった。
嫌っていたはずなのに、すごく悲しくて、その時から祖母が私を呼ぶ声に悩まされた。
あの臭く汚い部屋から呼ぶ私の名前の声が、突然耳から離れなくなって、未だに時たま聞こえる気がする。

きっと私は自分の中で中学生のときの行いを償いきれてないのだろうと思い、母方の祖母に優しくするようになった。
父祖母にはできなかったことを精一杯、母祖母で償おうと思った。
だけどいつしか、骨ばったしわくちゃで冷たい手が、なんとなく「好きだなー」って思うようになって、地元の老人ホームに就職して、仕事しながら介護福祉士の資格を取った。

大変な仕事だけれど、介護士になって5年経つけれど、未だに辞めたいと思ったことはない。
むしろ、どんどんお年寄りが好きになっていく。
おじいちゃんもおばあちゃんもみんな可愛いって思うし、なんだか愛おしいって思う。

母祖母が「生きている間に〇〇(私)ちゃんの花嫁姿が見たいわ」って言っていたのになんとか間に合って、縁あって結婚したが、その年に母祖母も亡くなった。

未だに父祖母が私を呼ぶ声が聞こえるけれど、父祖母を亡くしてから自分の人生が激変したのが衝撃的だった。
それまでは、大学出て、てきとうな会社に勤めて~…なんてふわふわした人生設計だけれど、まさか誰も私が介護士になるなんて思わなかっただろう。
親ですら「まさかお前が人のために尽くす仕事に就くなんて」って言ってたくらい。

最初は罪滅ぼしだと思って邪な気持ちから、なんとなく始めた勉強が実を結んで、今は天職だと思える仕事に従事してることが、とにかく衝撃的だった。

2018年5月23日

毎日毎日夜遅くに帰宅休みなし。娘と遊んだの最後はいつだったっけな・・・冷蔵庫の中見たら娘の手紙が入ってて横には・・・・

724 :素敵な旦那様 2005/06/14(火) 23:19:51
いま帰ってきたら寝ちゃってた。そらそうだよな、もう11時だもん。
最近、娘と話してないな。いまが可愛い盛りなのにさ。ホントに最高に可愛くて、
素直で優しくて明るくて、でもそんなのもう何年もないって分かってるのに。
土曜も仕事だし、日曜日だってきっと仕事だ。最後に遊びに行ったのいつだったかなあ。
会社行きたくないな。お腹イタイって言ったら休めないかな。
そんで、娘と手を繋いで電車乗って動物園に行くんだ。
娘の大好きなかつをぶしのおにぎりとか持って、水筒にはカルピスだって入れちゃう。
ソフトクリームだってお母さんに内緒だよって言いながら買ったりして。
なんか、俺さいきん参ってるのかも。いっつも夜中に寝顔を見ながら泣きそうになる。
何でこんなにうまく行かないんだろ。こんなに愛してるのになあ。

2018年5月23日

変な体育教師がいて授業を昼休みの終わりまで延長し飯が食えなくなる事態になることがよくあった→午後一の授業でお爺ちゃん先生『どうした?ぐったりしてるじゃないか?』生徒『実は・・・・』爺ちゃん先生『そうかそうかww』と・・・

174 :おさかなくわえた名無しさん 2011/08/17(水) 19:26:42 ID:GwldI6eb
ずいぶんと前の話だけど
高校の時、ちょっと変な体育教師が居た。
昼休み前の授業だと、昼休みの終わりまで授業を延長しちゃう教師。
当然、みんな昼飯なんて食えない。

あるとき、いつもの様に昼休みを潰されて、午後イチの授業でみんなグッタリしてた。
飯は食えないし、水泳の授業で延長だったから、いつもより更にグッタリ。

その時の午後イチの授業は世界史で、先生は非常勤のお爺ちゃん先生だったんだけど、
あまりにグッタリしてるみんなを見て訳を聞いて来た。
誰かが素直に話すと、お爺ちゃん先生は頷いて、
「よし解った。みんな飯を食え」
と言い、がつがつと弁当を食うみんなを見てニコニコしてた。

後でお礼を言うと、お爺ちゃん先生は戦後のシベリア抑留の経験を少しだけ話し、
空腹の辛さは良く分かる、お前ら若いのにあんな思いはさせられん、と笑っていた。
お爺ちゃん先生が何かしたのか、以来、体育教師の昼休み潰しも無くなった。

2018年4月28日

親戚の4歳の女の子と買い物に出かけお店を出ると突然女の子が『うえぇぇ~ん!!』と泣き出し俺『どうしたの?!とにかく車へ』といそいそと車へ行くと女性『そこの!おまえぇ!!待て~』と糞重いリュックで顔面殴ってきた女がいたwwwwwww

541 :素敵な旦那様 2005/09/08(木) 00:23:19
妻「そこのぉ!お、ま、えぇぇぇッ!!」
俺「え、ちょ、ぐぇっ!」

すごく、痛かったでつ……。