657 :名無しさん@おーぷん
本当の自分は猜疑心が強く、偏見にまみれてること。

小学生の頃、社会の授業で公害について学ぶ時間があった。
汚染された食べ物や水を口にした人がどんなに酷い被害を受けたか
たくさん紹介された。被害者を介護している家族の手紙を読んだりして、
当時子供だった私は半泣き。

その後、先生が「でも今はもう大丈夫なんです!その公害被害を受けた
○○(地域名)の××(果物)を買ってきました。みんな食べれるよね?」
と言って、買ってきた果物を食べるように言われた。

なんで「今はもう大丈夫」って言えるの?大丈夫って先生は保証できるの?
でも本当に大丈夫なのに食べなかったら、私は差別する人だし正しくない!
って頭の中は恐怖と罪悪感でグルグル。
結局、みんなは食べたのに、自分だけ果物を食べることができなかった。
家族と元気に暮らせなくなるかもって思ったらだめだった。


658 :名無しさん@おーぷん
すると、先生が突然「実はこの果物は、○○(地域名)で穫れた××(果物)じゃ
ありません」と言い出した。
えっ?どういうこと?食べても大丈夫ってそういうことだったの?
公害被害を受けた地域の食べ物は大丈夫って、結局何で分かったの?
と、バカだったから余計混乱した。
凄く青ざめてたみたいで、クラスメイトたちから凄い心配されたり、
いろいろ慰めの言葉をかけられて、こんな偏見を捨てられない自分に
本当に申し訳ないって思った。
帰って日記に書いて、ひとりで泣いた覚えがある。

東北の地震が起きてから、放射能汚染の話題を耳にする度にこのことを
思い出す。
今は、私は数値測定という根拠を信頼して食材を買って食べてる。
でも、あの時の偏見に満ちた私がほんとの私なんだろうなと心の底で思ってる。
659 :名無しさん@おーぷん
偏見じゃなくて用心深いだけでしょう
そして人を信用する人
素直ないいところをいくつも持っている
http://ikura.open2ch.net/test/read.cgi/ms/1467843196/


1001: 以下、おすすめ記事をお送りします: 2017年5月8日 10:49 ID:shurabahoka

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